銀の風

三章・浮かび上がる影・交差する糸
―39話・断崖の輝き―



さらに数日。
リトラたちは、ようやく目的地の1つであるホブス山に到着した。
霊峰ホブスはモンク僧の修行の場として名高いが、
それ以前から修行の場として有名だった山だ。
年中氷に閉ざされ、氷河も存在するといわれる。
伝説では氷の女王・シヴァが住むといわれるほど、非常に寒い山なのだ。
本当にシヴァが住んでいるわけではないが、
そう言われて信じてしまいそうなほど寒いのは本当だ。
「うっひゃ〜……ほんまにこごえそうや〜!」
ブルブルとリュフタが体を震わせる。
リトラたちはちゃんと防寒具を着ているが、
リュフタは人間用の毛皮のフードをかぶっているだけだ。
はみ出ている尻尾や、隙間から吹き込む風が寒いのだろう。
しかし動物用の防寒具はないので、我慢してもらうしかない。
「おい穀潰しウサギリス、氷肉になるんじゃねーぞ。」
「余計なお世話や〜!」
“あの……え〜っと、本当に大丈夫?”
リトラに横から茶々を入れられて腹を立てるリュフタに、
ポーモルが遠慮がちにテレパシーで言葉をかけた。
ちなみに彼女は、フィアスと同じサイズの毛皮のマントを着ている。
毛皮の上から毛皮を着るのは少し妙だが、
自前の毛皮では防寒の役に立たないので仕方がない。
「うう〜……なんとか。
それよりポーモルちゃんこそ、平気かいな?つらいんとちゃう?」
「無理しなくていいんですよ?
ここはあなたの育ったところよりずっと寒いですし、
もし無理そうならふもとに……。」
環境の変化に弱いポーモルの体調は気がかりだ。
リュフタとペリドが、彼女を気遣う。
“ううん、大丈夫。留守番ばかりだと、退屈だから。”
「そう?でも、さむかったらさむいって言わなきゃだめだよ。」
フィアスも親切にそう言うと、
ポーモルはわかったという代わりにうなずいた。
防寒具こそ着せているが、
本当はモーグリがこんな苛酷な環境に居るのは自殺行為なのだ。
少しでも体調がおかしいと感じたら、すぐに言ってほしい。
「なぁ、クークーでどこまでいくんだ?」
「んー……こんな山道だから、
上の方まで行ったら降りて、その後は自力だな。
確か竜の止まり木の材料になるシヴァの万年氷は、
崖の洞窟に居るモンスターが持ってる代物だ。
そんなに強いやつじゃないけどな。」
崖にある洞窟なので、体の大きなクークーでは直接入り口に近づけない。
崖は危険だが、ロープなどを使って入るしかないのだ。
「そっかー。で、モンスターってどんなやつなわけ?」
「ゴースト系のフリーズコアって言う魔物だ。
そいつの核が、シヴァの万年氷になってる。
だから、今回こいつに炎は使えない。」
「どーして?」
アルテマがいぶかしげに聞き返す。
氷が核のモンスターなら、火に弱そうなものなのだが。
今回という言葉も、賢いポーモルなどには引っかかった。
「ファイアとかを使うと、
たぶん中の氷まで溶けてしまうんじゃないですか?」
少し考えてから、遠慮がちにペリドが言った。
その意見に、アルテマは目がうろこから落ちたようだ。
納得して、ぽんと手を打つ。
「あ、そっかー!」
「ま、そういうことだ。
いくら万年氷って言っても、じかに火にあぶられたら溶けるぜ。
あれは気温じゃ溶けないが、火はさすがにな……。
それに、フリーズコアの核になる奴は小さめだから、よけいな。」
シヴァの万年氷は、手のひらくらいの大きさと小さいが、
氷の力といくらかの魔力を宿している。
そのためか暑い場所でも溶けないが、さすがに高温の炎ではお手上げらしい。
「うーん、じゃあファイア剣もだめか〜。」
アルテマが腕を組んで考え込む。
得意の魔法剣も、炎属性だけは今回ご法度である。
「氷ですから、仕方ありませんよ。
でも、リュフタさんやジャスティスさんがいますから、
火が使えなくても大丈夫ですね。」
ゴースト系なら、聖なる力にも弱いはずだ。
幸いこのパーティには2人も聖属性魔法の使い手が居る。
「頼りにしてくれるんか〜?うれしいで〜ペリドちゃん♪」
「ま、穀潰しウサギリスも『一応』光属性持ってるしな。」
リトラがわざと『一応』に力をこめてコメントした。
全然頼りにしてないどころか、頭数にも入れてなさそうな雰囲気だ。
当然、リュフタのプライドがその発言を許すわけがない。
彼女の頭に、ぴきっと血管が浮かぶ。
「一言余計や!!」
“ま、まぁまぁ……。”
怒ってリトラに抗議するリュフタを、ポーモルがやんわりとなだめる。
だがリュフタは怒りが収まらないらしく、
ぷいっとそっぽを向いてしまった。
「グィー、クー?」
何を上で騒いでるんだ?とでも言っているかのように、
クークーが不思議そうに鳴いた。
馬鹿馬鹿しいやり取りを背中で繰り広げられても、彼には見えないので気になるらしい。
「ところで、どの辺りで降りるんですか?
ポーモルを危ないところには連れて行けないですよ。」
「だよな〜。ま、クークーと一緒においてくつもりだけどよ……。
おいルージュ、どの辺に居るんだ?」
上空を旋回するクークーの下には、険しいホブス山の山肌が見える。
降りられそうな場所はほとんど見当たらない。
「あそこに見える洞窟辺りだな。
クークーで直接入れないから、いったん近くの平べったいところに降りるぞ。」
ルージュが指したのは、崖にぽっかりと開いた穴。
穴の手前には、小さく張り出した足場がある。
じかには降りることができないので、その上にある平らな場所に下りなければいけないのだ。
「クークー、あそこに降りてだって!」
「クィー!」
クークーは分かったというように一声鳴いて、
アルテマが指した平らな道にゆっくりと着地する。
クークーの背から降りたリトラたちは、
ポーモルを彼のもとに置いてから目的の洞窟に慎重に進んだ。


―崖の洞窟―
崖にあるというだけあり、洞窟の中はあまり広くはなかった。
手元のたいまつだけを頼りに、慎重に奥へ進む。
「もう少し奥にいかないといませんか?」
「この辺りにいるはずだけどな……ん?」
何か感じ取ったのか、ルージュが急に妙な声を上げた。
表情も険しくなった彼の様子に尋常でないものを感じたのか、
フィアスが落ち着かない様子で辺りを見る。
「どうしたの?」
「妙な気配がする……気をつけろ。けっこう強そうだぜ。」
「たしかに、邪悪な気配を感じますね……。
それも、この辺りのゾンビとはケタが違うかんじです。」
ジャスティスの表情も硬い。
他のメンバーも何かを感じるのか、表情は同じように硬くなる。
奥に行くにしたがって、嫌な気配は濃くなっていく。
「でも、音とかしないね。」
「せやな……動いてるわけやないのか、それとも……。」
それとも、実体がないのか。
洞窟の壁ををすり抜ける体を持っていれば、多少動いても音は立たないだろう。
その答えは、もう少し進むとすぐに示された。
「な……こいつは?!」
「な、何これ?!ちょ……大きくない?!
ねぇ、フリーズコアってこんなに大きいわけ?!」
そこに居た魔物は、少し広くなっている洞窟の空間いっぱいにオーラの膜が広げていた。
その核であるシヴァの万年氷も、フィアスの一抱えくらいにはなりそうだ。
明らかに手ごわそうな外見。
話が違うと、半分パニックになりかけた頭でアルテマが抗議するのも当然だ。
「んなわけあるか!こいつは、上位種のヒュージフリーズだ!」
「本来こんなところに居る奴じゃないで、こいつは!
トロイアのおかしな塔のせいか、でなきゃ誰かが何か小細工しよったんや!」
リュフタが憎らしげに吐き捨てる。
ヒュージフリーズを形成するほどのシヴァの万年氷は、この山には本来ほとんどないはずだ。
第一、あったとしてもこれが生まれるほどの力がこの山にはない。
明らかに作為的なものだ。
「そんな!どうしてこんな時に……。」
「どーせ、あいつらにとっておれ達は都合悪いんだろ!
あいつらの仕業だったらな!」
リトラもいらだって怒鳴り散らす。
あのダークメタルタワーの主を含む謎の存在達が、何を企んでいるのか知らない。
だが、リトラ達の行動もしくは存在は邪魔なのだ。
こんなことを仕掛けてきてもおかしくはない。
「それより、こーんな狭いところでどう戦う気―?
あたしもこれじゃうかつに魔法使えないよん。」
「えー、なんで〜?!」
頼みにしていたのか、フィアスがおろおろした様子で声を上げる。
他のメンバーの何人かも、驚いた顔で彼女を見る。
「だってあたしの魔法強すぎて、穴が崩れそうだし。
それに、あんたらが巻き添え食っちゃうでしょ?」
当然ではないかと、ナハルティンがおどけて肩をすくめてみせた。
だが、こんな時におどけられても笑えない。
上級魔族である彼女の魔法の真価は、本来なら少なからず戦局を有利に運ぶはずなのだ。
「洞窟いっぱいの大きさですからね……。
私の魔法でどうにかしましょうか?」
「いーや、今日はおれが一発で片付ける。」
「え、リトラあんたが?!」
「召喚魔法を使う気か?」
リトラの宣言にアルテマは驚き、ルージュは聞き返してくる。
あまり戦闘で召喚魔法を使わない彼のこの発言に、
多少を問わず仲間が驚くのは無理もない。
「たまには呼ばないと、カンが鈍るんだよ。」
リトラはそういうが、ついこの間も呼んでいたような気もする。
だが長時間の戦闘になるよりは、一発でけりをつけたいのだろう。
場所が場所だけに動き回りにくいし、戦闘が長引くと不利にしか働かない。
ただでさえ年少のメンバーが多く、体力の関係で長期戦に不向きなのだ。
その上洞窟ではうかつに暴れると崩落の危険がある。
本来なら、召喚魔法もあまり向いてはいないのだが。
「あんまり手持ちでいいのがいねーんだよな〜……。」
「またミドガルでも呼ぶの?」
リトラの呼べる召喚獣で強そうなものというと、
真っ先にフィアスは彼が思い浮かぶ。
あの巨体が相手なら、ヒュージフリーズとてひとたまりもなさそうだが。
「あいつ呼んだら、洞窟がこわれるだろ!」
「それもそうだろうな。じゃあ、何を呼ぶんだ召喚士さん?」
ルージュがふざけたようにそう尋ねると、
リトラは少し考えてからこう答えた。
「そーだな〜……調子に乗った馬鹿には、
頑固ジジイの雷ってところでいいんじゃねーの?」
「がんこジジイ?」
アルテマがいぶかしげな顔で聞き返す。
だが、これだけでリュフタはぴんと来たようだ。
「ラムウはんを呼ぶんやな!」
「ま、そんなとこだ。おい、頼むぜ前衛!」
「私も憑依魔法を使いますので、お願いします!」
リトラとフィアスが、他のメンバーに援護を頼む。
精神集中が比較的長い召喚魔法や憑依魔法には、仲間の援護が欠かせない。
「オッケー。ペリドちゃんには指一本触れさせないよん♪」
ウインクを飛ばして余裕しゃくしゃくのナハルティンが、
ペリドの前に立ってガード役を買って出た。
こんなときも、根拠不明のペリドびいきは変わらないようだ。
だが、その姿は少女ながら頼もしい。
「轟く雷よ、我が剣に宿れ。サンダー剣!」
アルテマの剣に、雷の力が宿される。
剣が一瞬閃光を放ったことを確かめてから、
アルテマはヒュージフリーズに向かって剣を振るう。
「てぇぇい!!」
雷の力を宿された剣が、核の周りを包むオーラの膜を切り裂く。
手ごたえはある。だが、大したダメージではないようだ。
逆に反撃を食らいそうになり、アルテマはあわてて飛びのく。
「おっと!」
「アルテマ、勝手に突っ走るな!」
ルージュの叱責が飛ぶ。
彼はアルテマの先制をとがめつつ、
ツインランサーを振るって核付近をなぎ払うように攻撃した。
2度も攻撃を受けたヒュージフリーズは、
不快感を表すかのように核を光らせ、
四方八方に魔法で形成された氷の塊を飛ばす。
その軌道には、後方で補助魔法の詠唱を始めていたジャスティスが含まれていた。
「ジャスティス!」
「あぶない!ジャスティスお兄ちゃん!」
気づいたルージュとフィアスが、鋭く警告を発する。
しかし詠唱に集中しているジャスティスは、
防御の構えを取ることはおろか、フィアスの警告にさえも気がつかない。
後衛には、同じように魔法の詠唱を続けるリトラやペリドも居る。
ルージュはフィアスとリトラを守っており、
ナハルティンもペリドをかばっているので動けない。
アルテマは舌打ちし、地を蹴った。
「させないんだから!」
ジャスティスと迫る氷塊の間に割って入り、自分の正面に左手で盾を掲げる。
掲げた直後に、ジャスティスを狙った氷塊が立て続けに盾を打つ。
その勢いはすさまじく、盾を持つ手に伝わる衝撃は半端ではなかった。
「っつぅ……っ!!」
たたきつける氷塊の勢いで、あっという間にアルテマの盾がはじかれる。
だが、まだ氷塊は残っていた。
アルテマは、とっさに右手に持っていた剣を顔の前に構える。
それとほぼ同時に、斜め後ろから飛び出した青い炎が氷塊を一瞬で溶かす。
「盾ぐらいしっかり持ってればー?」
ルージュにかばわれた状態で、ナハルティンが余裕たっぷりに言い放つ。
見れば彼女ら3人は、
彼女かルージュのどちらかが張った結界で氷を完全にガードしていた。
「よ、余計なお世話だってば!!」
「戦闘中に喧嘩する余裕があるんなら、盾を落とすなこの能無し女。」
「うっさい!!」
2人の憎まれ口に腹を立てつつ、アルテマは盾を拾って体勢を整えなおす。
言い草は気に食わないが、彼らのおかげで助かったことは事実だ。
ともかく彼らが連携して後衛のガードに当たったおかげで、
ようやくジャスティスの詠唱が完成する。
「――スロウ!!」
ジャスティスが手を掲げると、
ヒュージフリーズの周りにぼんやりと時計のような幻影が現れる。
針の動きは徐々に遅くなり、膜状に広がって対象の動きを妨げる見えない鎖に変化した。
その時、ペリドの詠唱が完了した。
「恐ろしき毒を身に秘めたる緑の竜の魂よ。
今ひとたびわが身に宿りて、その力を貸したまえ。
憑依せよ、グリーンドラゴン!」
ペリドの呼び声に応えたグリーンドラゴンの魂が、
ペリドの体に一時的に憑依する。
「……獲物はこいつかい?私にとっては雑魚同然だねぇ。」
ペリドに宿った老いたグリーンドラゴンは、
余裕たっぷりに笑うと、背に生えた翼を羽ばたかせた後、
地面を蹴ってヒュージフリーズに飛び掛る。
魔法により実体化した竜の爪は、
華奢なペリドとは思えない力で核の万年氷を切り裂く。
“!!!”
核の万年氷に直接攻撃を加えられ、ヒュージフリーズは動揺する。
声にならない悲鳴のような奇怪な音を立て、
ヒュージフリーズのオーラの膜が激しく収縮する。
万年氷の周りに浮かんだ小さな光が明滅を繰り返し、
さすがにこの攻撃は応えたように見えた。
動揺していたのはわずかの間だが、
収縮をやめて再び広がったオーラの膜は、
魔法を受ける前よりも少し縮んでいる。しかし。
「ち、回復しようとしてやがる……させるか!」
傷ついた核を修復しようとしているのか、
ヒュージフリーズは周りの冷気を取り込み始めた。
それをさせまいと、ルージュが懐から取り出したボムのかけらを握りつぶし、
ヒュージフリーズの近くにばら撒く。
直後にボムのかけらは発火し、発生した熱気が幾分冷気の吸収を妨げた。
そうやって少し時間を稼いだおかげか、リトラの詠唱が完了する。
大した時間ではなかったが、この瞬間までいかに長く感じたか。
「幻獣界の裁判を担う、公平な精神を持つ老賢者よ。
悪しき者を裁き、鉄槌を下せ。いでよ、ラムウ!!」
リトラが詠唱を終えた瞬間にパーティの姿は消え、
入れ替わりに現れた老賢者・ラムウがヒュージフリーズの前に立った。
「裁きの雷!」
ラムウがしわがれた声で高らかに言い渡すと同時に、
杖から無数の太い電撃がほとばしる。
ヒュージフリーズがあわてて氷の壁を作ろうとしたが、
そんなものではラムウの電撃は防げない。
オーラの膜はいとも簡単に貫かれ、
核の万年氷もろとも、それに宿った邪念を打ち砕いた。



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地獄の3ヶ月に達しなかっただけましとしか言いようのないほど、
すっかり間が空きました。もう、詫びようがありません……こればっかりですね。
とりあえず戦闘です。銀の風はなぜか戦闘が少ないのですが、今回は一応。
戦闘中、リトラの影が薄いのはご愛嬌。
ペリドの憑依魔法は、あんまり意味なかったような……(おい